お伽話のような斎藤けん先生初の短編集 - 月光スパイス



月光スパイス/斎藤けん(Amazon)


斎藤けん先生の初短編集「月光スパイス」。
連載作品の「花の名前」「with!!」はどちらも現代日本を舞台とした漫画ですが、この「月光スパイス」に収録されている4本の読切作品はファンタジックな漫画になっています。
少年とシスターのお話である「君に天使の祝福を!!」以外の3本はお伽噺を読んでいるかのよう。
表題作にして斎藤けん先生のデビュー作でもある「月光スパイス」は不覚にも読んでいて涙が出てしまいましたよ。
連載作品とは違った魅力の短編集で、斎藤けん先生の漫画が好きならばオススメ。
読んだことがない方も是非。


収録作品はどれも好きなのですが、特に好きな2作品の感想を。

カエル裁判

悪い魔女を助けたお礼に人間の姿にしてもらった、恋に憧れるカエルが恋をするお話。


”「カエル」と口にすると解けてしまう”美しい姿を得た彼女は王子様に出会い、恋をします。
が、元カエルで身元不明な彼女は記憶喪失を装うのですが、王子の騎士のカエルアレルギーに反応することから「人間ではないのでは」と疑われます。
しかもその姿は某国の王女の姿なこともあって、不信に思った騎士と大臣に王子の城から追い出されそうになる、と。
やがて正体もバレてしまい…



怪しい人物である自分にも屈託のない笑顔を向ける王子にカエルさんが恋するのも無理からぬことですが、恋に恋焦がれているカエルさんの純朴・純粋さも可愛らしい。
生まれた立場から誰からも好かれる人物でいなくてはならなず、それは誰の為で自分の気持ちはどこあるのかと悩む王子も、カエルさんの純粋さに救われてもいます。


王子もカエルさんも騎士と大臣もそれぞれ正しいと信じることをしているだけに、引き離されそうになるのは切ない。
そして恋の力で迎えるエンディングはお伽話のようであり少女漫画らしくて良いです。
恋のドキドキも喜びも、苦しさも詰まっています。

月光スパイス

斎藤けん先生デビュー作。
読んでいて涙腺が緩みましたよ。



黒豹くんは森のジャイアン
肉食獣ゆえの暴力性から恐れられ、うさぎさんやきつねさんなど他の一族の土地と土地を繋ぐ地を独占しています。


ある日、黒豹くんは空から降ってきたうさぎのアリスと出会います。
黒豹に出くわさないよう木の上を伝っていたものの、落下し黒豹くんにケガをさせてしまったアリス。
一人孤独な黒豹くんはアリスにケガが治るまで治療のため、側にいさせます。


他の一族から恐れられている黒豹くんは、そんな自分に笑顔を向ける毒気のないアリスの温もりに触れ、食事も摂らず空腹に耐えます。
一人は嫌だ。アリスの側にいたい。


そう願う黒豹くんは唯一の友人のいい魔女のところから、相応の代償とともに願いを叶える”月光スパイス”に願います。
「この先何も食べなくても平気な体になりたい」と。
他に黒豹はおらず、ずっと独りで、優しくされることもなく忌み嫌われてきた彼の願いのなんと切ないことか。


噂と違い、黒豹くんが優しくていい人で、彼の寂しさに触れたアリス。
彼は私を食べなかった。
しかし、村に戻ったアリスに村人が頼んだことは残酷なことで…


もう黒豹くんが実は怖くない、と判る序盤から切なくて、決意とともに月光スパイスを使うあたりからの怒涛の展開に涙腺ゆるみっぱなしでした。
肉食獣だから生きるため恐れられても仕方ないとはいえ、優しい心を持っていても触れられなければ、本当の心は知られることもなく恐れられたままなんですよね。
その人に触れて初めてその人がわかる、触れられることすらなく誤解されているのは悲しいことで、受け入れてくれる人がいればそれはこの上なく幸せなことだと思います。
胸にくる話だなぁ。
幸せな終わり方になっていますが、それも安易でなく努力して手に入れた幸せなのが良いですね。


デビュー作を読んでますます斎藤けん先生の漫画が好きになりましたよ。

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月光スパイス (花とゆめCOMICS)

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