「マーメイドライン」は百合の可能性の扉をひとつ開いたと思う。



マーメイドライン/金田一蓮十郎(Amazon)


金田一蓮十郎先生、初の百合単行本「マーメイドライン」。
百合姫に掲載された3組の話に、描き下ろしとアンソロジー「es」に掲載されていた作品を収録しています。


マーメイドラインは「めぐみとあおい」が3話、「ゆかりとまゆこ」が1話、「あゆみとあいか」が2話から成ります。
描き下ろしは「めぐみとあおい」の後日談。

人間だから、キレイな感情だけじゃいられない「めぐみとあおい」

「めぐみとあおい」は、近寄りがたい美しさを持つ少女・めぐみと、彼女とただ一人話をする友人・あおいの話。


フワフワの髪のめぐみはさながら人魚姫のようで、「彼女にとっての王子様はもしかして自分?」とドキドキするあおいの微笑ましい百合。
…かと思いきや、2話目から周囲の黒い感情も作用して関係はガラリと変わります。


めぐみが唯一話す相手で、仲の良いあおい。
めぐみの美貌への羨望と嫉妬から、2人は同性愛者じゃないかと問う女子。
その問いに対するあおいの受け答えが、めぐみに負の感情を持つクラスメイトが付け入る的となってしまい、めぐみは孤立してしまいます。


「人魚姫みたい」とお伽話然としたキレイなものに包まれたような1話目から一転しての、自分たちは人間でキレイではない感情もあると見せ付けるような展開がこの話のキモだと思います。


大切な仲の良い友人だっためぐみを孤立させる原因となった、あおいの後悔と自責の念。
めぐみにぶつけられる悪意の醜さと、それと隣り合わせに生きる自分。
めぐみも、この状況を作り出した自分の中にあるかも知れない気持ちと向き合おうとし、自分の感情を見つけます。


人間なのだからキレイな感情だけじゃいられません。
そういった心の深い部分を知った上での関係性が百合の醍醐味のひとつだと思うのですよ。
それだけに、後日談である描き下ろしが微笑ましくもあります。

百合の、ジャンルとしての拡がりの可能性が見える「あゆみとあいか」

さて、「あゆみとあいか」です。
この作品は「性同一性障害でレズビアンの男性と女性の恋愛」というかなり特殊な作品です。
そのため、百合としてみるかどうかでかなり賛否両論がある作品でもあります。


あゆみと別れた竜之介が、再び彼女の前に現れたその姿は女の姿。
別れた理由が性同一性障害だからとカミングアウトし、その上でビアンの竜之介を女の子として彼女にすることにしたあゆみ、というお話。


百合の基準は人それぞれなので、この作品の判断も人それぞれでいいと思います。
個人的には百合として見てます。
「普通の女装男子*1と女子」なら百合じゃないと思いますが、精神的には女の子同士なので。
とはいえ、極端なところに位置するような作品には違いないとは思いますけどね。



個人的には、この作品は百合のジャンルとしての懐の広さの可能性を見せてくれたと思っています。
「あゆみとあいか」みたいな話が増えて欲しい、って意味ではなくて。


女性同士の関係性を描いたジャンルが百合で、男性同士の関係性を描いたジャンルがBLだと思います。
しかし、BLに比べると百合はジャンルとしてかなり小さい。
歩んできた歴史の差もありますが、BLはジャンルとして懐が広いと思うんですよね。
ぶっ飛んでいて尖がったものもある、「こんなことやってもいいんだ!」的な懐の広さ。


BL内では「軍服もの」や「リーマンもの」、「おやじ受」などもひとつのジャンルとして確立している多様性がありますが、百合でももっと色々とバラエティ豊かで面白い作品が見たいんですよ。
百合がジャンルとして大きくなるには多様性が必要で、それを許容するような懐の広さも必要なんじゃないかと思うのです。


そういう意味で、「あゆみとあいか」は百合の新しい扉のひとつを開いたんじゃないかと。
百合専門誌である百合姫にこれが載ったことも「こんなことやってもいいんだ!」的な意味で大きいものがあったとも思います。
一見、幼馴染・学園ものと思いきや結末が衝撃的だった「だいすき」が一迅社コミック大賞で入賞したのも、ジャンルとして百合の可能性を感じました。
あと、「ときめき☆もののけ女学園」とか百合としてかなりぶっ飛んでると思います。



多種多様な作品もジャンルとして拡がるには、異端に見えるものやイロモノに見えるものも出てくるような懐の広さも個人的には必要だと思っています。
百合は定義を決めれるようなものでもないので、いち百合好きの個人的な意見として捉えていただければ幸いです。


マーメイドライン (IDコミックス 百合姫コミックス)

マーメイドライン (IDコミックス 百合姫コミックス)

コミック百合姫 2008年 03月号 [雑誌]

コミック百合姫 2008年 03月号 [雑誌]

*1:心は普通の男、と言う意味で普通。