懐かしい優しさに包まれた、寂しく切ない物語 - 3月のライオン(1)



3月のライオン(1)/羽海野チカ(Amazon)

『 「家も無い」
「家族も無い」
「学校にも行って無い」
「友達も居無い」


---ほら アナタの居場所なんて
この世の何処にも
無いじゃない?  』


待望の羽海野チカ先生の新作「3月のライオン」。待っておりました。


ハチミツとクローバー」を読んだ時にも感じたのですが、羽海野先生の漫画を読むと、懐かしさと優しさ、寂しさと切なさに包まれたような感覚に私はなります。
少女誌ではなく青年誌が掲載誌の今作は、紛れもない羽海野先生の漫画で、何よりやはり面白い。



主人公の桐山零は17歳のプロ棋士
家族は無く、自分1人が住むために部屋を借りています。
その生活はほぼ、将棋を指し続けるのみ。


零は元より友達いない子供だったことに加え、過去に家族を失い、他にも様々なものを失ってきた少年。
彼を主人公としたこの漫画が纏う空気は、寂しさを伴ったものになっています。



私は羽海野先生の漫画は、寂しさや切なさを包み込むような優しさ・温かさがあると思います。
学校に友達はおらず、家に帰っても誰もいない零にも、ふとしたキッカケで出会い何かと気に掛けてくれる三姉妹います。
その家庭は温かく、そしてどこか懐かしい。
それは、零が失い、望むことすらできなくなり、無くしてしまったもののはず。


でも、だからこそでしょうか、「食べにおいで」と三姉妹の長女・あかりが差し伸べてくれる手をなかなか取ることができないのは。
同情でもなく、歩み寄ってくれる相手にも自分から近寄ることが容易にできない。
彼女らだけでなく、小さい頃から幾度となく対局し、零を親友でライバルと言う二海堂にも歩み寄れないでいるように見えます。



それは零の過去と歩んできた経験からくるものなのですが、これがまた想像以上に過酷で連載で読んだ時はかなり気持ちが沈んだものです。
生きるために選ばざるを得なかった。「好き」だと嘘をついてまで。
失い、壊し、これ以上壊さないようにと離れ一人になっても、それでもまだ傷つけてしまっている。
色々なものを無くした零は、あまり大きく感情が動くことすら無くしてしまったように見えて*1、読んでいて胸を打つ苦しさを感じます。
冒頭の言葉は呪縛のようになってしまっているんでしょうね。



私はこの漫画はそんな零が、親しい人間から差し伸べられた手を自分から取ることができるようになっていく、そういう物語なんじゃないかと思います。


羽海野先生は強さも優しさも、弱さも脆さもしっかりと描く作家だと思います。
どんなに強く見えて優しい人でも、それだけじゃない。
人間だから弱さもある、と。


しっかりしていて零がかなわないと思っているあかりが、送り盆の時に見せた表情。
母と祖母が他界していることは明示されていますが父のことが話にでないのも、いずれ語られる時には心の弱い部分が描かれるんじゃないかと思います。
そういう”関わった人の心”に触れて零も変わっていくんじゃないかと、二海堂との対局を見て思うのでした。



ところで、羽海野先生の漫画は動物がやたらと可愛いいので好きです。
欲望そのままな書き文字セリフは、それだけ表情豊かな動物たちだと思うともう可愛くて仕方ない。
動物たちやギャグなどの明るさや、描かれる優しさが、切ない懐かしさや寂しさを際立たせているように感じます。
その逆も然りでしょうね。


今後の展開も非常に楽しみですよ。

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羽海野チカ________umino*chika
羽海野チカ先生公式サイト

3月のライオン (1) (ジェッツコミックス)

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*1:失った家族のことを思い出して泣いていましたが、新たに関わることで気持ちを動かすことを避けているような。まだまだ私の読み込みは足りないのでもっと読み返します。