戦争と隣り合わせのささやかな幸せ - この世界の片隅に(中)
面白いけれど感想が書けない本というものがあります。
すごく面白いんだけど、すごすぎて良さ言葉にしにくいというような。
何かしら感想を書いている方なら経験あるんじゃないかなぁ、と思うのですが、私にとっての「この世界の片隅に」がまさにそういった作品のひとつです。
「この世界の片隅に」に限らず、こうの史代先生の作品は大抵が感想が書きにくいくらいに面白い。
まだ未読の作品も多いので読んでおきたいところですよ。
私の場合、単純に語彙力や文章力が不足しているのもあるんですが、読んで自分の中に湧き上がった感情を上手く整理して外に出せないっていうのもあるんだと思います。
それだけ心の深い部分に沁み込んできているというもの理由としてあるんでしょうね、多分。
「この世界の片隅に」は戦時中の広島を舞台にした漫画です。
「夕凪の街 桜の国」も名作でしたが、戦時中の広島を描くこの作品も連載中ですが間違いなく名作といえましょう。
見知らぬ街の見知らぬ家に嫁いだすずの、嫁いだ先の北條家の人達との呉の街での生活を描いた作品です。
呉は軍都らしく空襲も少ないようですが、何分戦中なので生活は厳しいもの。
家に帰ってはくるものの男手は兵にとられ、物資も十分とはいえません。
だから儚さのような雰囲気が全体的に感じられるんですね。
ただ、悲壮感は薄いように感じます。
それはすずや義母、義姉といった女性を中心に語られているので日常を感じられるからだと思うんです。
昭和18年12月から始まった本編も、今巻では20年に突入します。
嫁に来てそれなりの日々を過ごし、北條の家族にも慣れて笑顔もある生活。
夫の周作に愛情も感じているすず。
買出しに行って迷子になり、道を教えてくれた女性と友達になったりと生活にも少しばかりの変化があります。
そして、納屋で見つけた茶碗や周作の手帳がその女性とリンクしてしまい…。
また、すずの幼馴染で海軍に行った水原が訪ねて来たり。
水原が来て、周作がすずにとった行動は嫉妬心を感じさせつつも矛盾もあって「そりゃねーよ!」と思ったものですが、優しさでもあるんだろうなぁ。でも、すずの気持ちをわかってない。
わかっていなかったこと、時代背景的に今生の別れになるかもしれないことから、優しさなんだろうけど。
兎にも角にも、ここで色恋が見れるとは思ってはいませんでした。
それでも、作品から受ける印象は乾いてくすんだ感じがずっとするんですよね。戦中だから。
直接的に戦争が描かれることは途中まであまりなく、中巻では終盤で空襲が描かれたくらいです。
しかし、日本が戦争をしているということは小物ひとつとっても当初からヒシヒシと感じられるものであり、今あるそれなりに平穏な日々が終盤には崩壊していくだろう危うさが感じられます。
そんな危うさと隣り合わせのささやかな幸せに切なくなってきます。
本誌連載分は下巻分になるので佳境であり、展開がかなり極まっています。
上巻に収録されていた本編前の3本の小編も含めて、無駄なエピソードなんかなかったんじゃないかと思うくらいの演出でした。
下巻が待ち遠しい。そして一気に通して読みたいと思えてなりません。
過ぎた事 選ばんかった道 みな覚めた夢と変わりやせんな
恋愛と結婚、そして世間体
ほのぼのとした描写の中に戦争の現実
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