「世界の終わりと夜明け前」から思う、浅野いにお作品の青春と感傷



世界の終わりと夜明け前/浅野いにお(Amazon)


浅野いにお作品を読むとある種の寂しさを感じます。
それは日常生活の中で孤独を感じた時の気持ちに似ている。
誰もいない部屋で1人という孤独ではなくて、例えば、街の雑踏の中を1人で歩いている時だったり、賑わう飲食店で1人でいる時だったり、仕事の没頭する作業の中でふとあれこれ考えた時に陥る孤独感に似ている。
ああそうか、この感情は不安なんだ。



私は浅野いにお先生の漫画が大好きなんですが、どうにもどこを面白いと感じたのか、何が良いのか上手く言葉にすることができません。
浅野いにお作品に限った話ではないんですが、確かに胸を打つものがあるのに、それを上手く伝えることができない作品はよくあります。
ああ、もどかしい。


それでふと気付いたのが孤独感なんですね。
この短篇集の中にこんなセリフがあります。

先生の作品は浅く感傷的すぎると批判されることがありますが、その一方で閉塞感が続くこの時代において、一部の若者から熱狂的に支持されています。

     ―――「東京」より


「世界の終わりと夜明け前」は浅野いにお先生の初短篇集です。
収録作品のひとつである「東京」は、漫画家の主人公が久しぶりに帰った田舎の小学校の同窓会から色々なことを考えさせられるというもの。
引用したセリフは、主人公が編集者から質問されたインタビューのひとつ。


「東京」の主人公がイコール作家本人ではないと判っているのですが、どうしても浅野先生と同一視して見てしまいます。
漫画家が描く漫画家の主人公だもの、本人が少なからずモデルになっていて、本人の頭の中から生まれた人物だから。
炎尾燃島本和彦先生と同一視してしまうのと同じ感じですね。
あとがきによると、「東京」は浅野先生が21歳頃に作成したネームを再構築したもので、ご本人の環境の変化から主人公の仕事や舞台も変わったそうな。
そりゃ同一視するってば。


そうすると作中の編集者の言葉は浅野先生の作品にも通ずるものがあるはずです。
私が感じた孤独感や不安は多分、作品が持つ感傷的なものなんでしょう。
「一部の若者」は浅野先生と年代が近い人が多いのだろうと思います。
私なんかはほぼ同年代なので直撃です。
でも、こんなにオシャレな青春は送ってこれなかった。

”青春”という過去を振り返る”感傷”

浅野いにお作品は青春を強く感じる作品が多く、漫画としてはどちらかというとサブカルだと思います。
ただサブカルといっても、オシャレなサブカル。オシャレサブカルって言葉があるのか判らないけど。
好きな人は好きだけれど、好きじゃない人はとことんダメな系統の漫画だと思います。
ちなみに私はオシャレサブカルは大好きです。
作品と似たような体験を持つ人・近い位置にいる人、作品に憧れる人なんかが支持者なんじゃないかな。
私は後者。コンプレックスの裏返しですね。



浅野いにお作品のキーワードは”青春”と”感傷”であると思います。
”感傷”は各種の後悔や不安を含みます。


浅野いにお作品は、大人が青春時代を振り返り、感傷に浸ることが多くあります。
不安を抱える現在から、輝いていた、もしくは可能性に溢れていた青春時代を思い返す。
感傷に浸っている時は自己陶酔的な部分があると思うんですよ。
だから受け付けない人には受け付けないだろうけど、好きな人にとっては酔っているのは気持ち良くもある。
浅野いにお作品の現実は優しくないけれど、花沢健吾作品ほどは厳しくもない。
このサジ加減が心地良い。


そして、今の不安な状況から青春時代のノスタルジーに浸るだけでなく、「よし、やろう」と決意します。
不安を抱えた現在と思い返した過去から、考え、未来へと思いを新たにする。
過去は懐かしいだけじゃなくて、挫折や狂気も含むけれど、それもひっくるめて現在の自分だから、何かのキッカケで頑張ろうと決意することはできるんですよね。
闇の中で、ちゃんと明かりを用意してあるラストが良いんだよなぁ。
浅野いにお先生は1・2巻完結や短篇の名手なのは、その明かり=未来へ続くものを描いているというのもあると思います。
「プンプン」の展開にどうしようもない不安に感じるんですが、それはまだ明かりが見えてこないからかも。



「世界の終わりと夜明け前」には成人した子供を持つ親父が主役を張る話があります。
彼も過去を、挫折して過去を振り返ります。
振り返るのは青春じゃないんだけど、少女という若さを絡めてくるのが良いんだよなぁ。
人に歴史あり。でも、気持ちは若く持たないと乗り切れないもんです。
少年少女が主人公の場合は青春真っ只中なので、振り返らずに突っ走っている方が好きだと、描き下ろしの「世界の終わり」を読んで思いました。
「世界の終わりと夜明け前」は良い短篇集ですよ。


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