あなたも、あなたの作品も、仕事も、「もと子先生の恋人」には愛が詰まっています



もと子先生の恋人/田中ユタカ(Amazon)
田中ユタカのページ(作者サイト)


ヤングアニマルあいらんどに掲載されていた「もと子先生の恋人」がついに単行本化ですよ!



田中ユタカ先生といえば胸に沁み入る愛、主人公達の前にある現実の厳しさと救いや光明を兼ね備え、読後に切なくなる程の幸福感を与えてくれる作品を描く作家さんです。
特に恋愛のラブラブっぷりには定評があり、「永遠の初夜作家」と言う人もいます。その人は子供が年頃になったら読ませたい作家さんだと言ってました。
代表作の「愛人[AI-REN]」は間違うことなき名作。
その「愛人[AI-REN]」の後に、「普通の話を描きたい」と描かれたのがこの「もと子先生の恋人」なのです。



田中ユタカ先生の恋愛は本当に愛が溢れていて、重ねた肌から体温が伝わっていく描写は素晴らしいものです。
特に初夜の場面は読んでいるこちらにまでドキドキが伝わってかのようで、心地よい胸の高鳴りとともに幸福感を感じられます。
付き合い始めて、体を重ね合わせて、その後も続く日常には思わず頬が緩むというもの。
「ニヤニヤする」という表現では生ぬるく軽い、と感じてしまう程に胸の奥にまで幸福感が沁み渡ります。
個人的には田中ユタカ先生の作品は短編よりも、段階を踏んだ作品の方がそういった”続いていく日常の中での愛情と幸せ”を強く感じられるので好き。
「もと子先生の恋人」はまるっと1冊のお話で正にそれ。
しかも”普通の話”ということで、現代日本の、日々奮闘する社会人同士の、ごく普通の恋愛なので共感と羨望は増すのです。
ただ、漫画家と編集者の、主人公2人の関係は一般的ではないかもしれませんが、社会の中のひとつの職業ですし、職種的な専門の部分を除けば普通に仕事に打ち込み恋愛する二人なのです。



主役となるのは、人気作家とはいえないものの良い漫画を描く小西川もと子先生と、彼女の担当編集の山崎慎太郎の2人。
山崎にとっては初めて一から起こした連載であり、それ以上にずっと好きで好きで特別だったのがもと子先生の漫画でした。
もと子先生にとっての山崎は、転んでしまい打ち合わせに行けなくなった記録的な大雪の日に自宅まで叱咤激励に来てくれた人。
それぞれに情熱を持って仕事に打ち込む二人は、互いに恋をします。もちろん相手の気持ちには気付いていません。
その片想い状態のまま、仕事のパートナーとして、恋する相手としてしばらく描かれていくのが良いのですよ。
話によっては相手が登場しない話もあり、そういう時に恋も仕事も含めて好きな人のことを考えているのもまた片想いの醍醐味があります。



恋人同士になってからは公私共にパートナーになった充足感があり、そんな中で恋人相手だからと仕事に甘くなっていたところを気付かされるところとか、凄くいい。
担当としても、恋人としても、もと子先生を守ると誓っている山崎の情熱は色々な愛を含んでいて、それでも状況や会社の方針で打ちのめされることも多いも、これが社会人の普通で日常だと感じられます。
1話だけ、山崎の同期の川端が主役となる話があるのですが、そこでの作家側からの感謝と激励の言葉は泣きそうになりました。
20代も後半のこの歳になってくると社会人ものの漫画が面白くて仕方がありません。



何はともあれ、仕事のパートナーとしても恋人としても相手を支え必要とし、支えられ必要とされ、それでも寄りかかり依存することない関係がものすごく心地よいのです。
そして羨ましい。
胸が切なくなって温かくなる、そんな漫画ですよ。大好き。