動き出さなけりゃ始まらない、出会えたから変われたんだ - 亀の鳴く声



亀の鳴く声/西炯子(Amazon)


人は誰しも、今ある日常を変えようと一歩踏み出すのは怖いものです。
願うことの為であっても一歩踏み出すその勇気が出せない、動いたことで傷付くのが怖い。
理想に近づく為、満足できない現状を変える為であっても怖いものです。



「亀の鳴く声」は27歳の公務員・中川信と16歳の美少女・高月くれはの2人をメインとしたお話。
心にじんわりと沁み込むような物語が良いですよ。
西炯子先生の漫画はやはり面白い。


中川信は少女まんがを描いてはいるものの、男が少女まんがを描くのは恥ずかしいと思っていることもあり自分に自信が持てず、投稿しよう投稿しようと思ってはいてもできずに原稿を封筒から出し入れしている日々を過ごしていました。
”いました”と過去形なのは、ある夜にファミレスで1人、たばこを吸っている少女に出会って日常が一変したから。


出会った彼女が、高月くれは。
とてつもない美少女で、それ故の悩みとちょっと複雑な家庭環境を持つ女の子です。
が、性格は割と雄々しく、中川の描いた少女まんがに感動してそのまま東京まで引っ張っていくのでした。フェリーで。



この漫画の登場人物はみんな何かしら抱えているものがあります。
中川もくれはも、くれはの家族も、東京で出会った編集も、人間は誰もが何かしら悩みがあるものです。
生きているんだもの。1人で生きているわけじゃないんだもの。


「亀の鳴く声」は確かに中川とくれはが主人公の物語で、彼らが訪れた東京がメインとなるんですが、地元のくれはの家族もそれぞれに語られるんですよ。
それが世界観の底上げというか、「主人公の主観だけで世界は回っているんじゃないんだ」という深みを感じられます。


それぞれがそれぞれに悩みのある現状に嫌気は少なからずあり、変化のキッカケも度々あるんですよね。
気付くか気付かないか、勇気が出なくて踏み出せないかもしれないけれど。
動き始めたことで失うものがあるかもしれない、傷付くことになるかもしれない。
でも、それらは無駄じゃないんだよ。何か大切なものを手に入れたじゃない。
そう感じる作品でした。良いです。



くれはは誰もが振り向く美少女ですが、逆にそれが原因で恋愛経験がほとんどありません。
ナンバもよくされるしモテるのはわかっているけど、ナンパで付き合うのは嫌。モテるからプライドも高く、自分からは告白もしない。
中川は幼少の頃の生活からコンプレックスがあり、「ファーストキスは心から信頼できる人と」と考えているロマンチスト。
素晴らしい漫画を描けるのにくれはに引っ張られないと持ち込みに行けず、作者はくれはということにしてしまった中川に呆れもするんですが、時折見せる別の表情が少し気になるのが乙女心でしょうか。
「生きていても死んでいても同じ」とか言われたり、迫っても何もしてこなくてもさ。


本心が見えなくてすれ違ったりしますが、中川の漫画が2人を繋いでいるように思います。
漫画に描いてあることは彼の心から出たものですし、それを読んで涙を流すくらい感動した彼女の気持ちも本物ですから。
だから別の人と過ちを犯すことはできなかったんだと思います。思いたい。


中川にとってはくれはが、くれはにとっては中川が、お互いに自分が変わるキッカケだったわけですね。
いや、本当面白いです。ラストのページとか堪らんね!