すれ違いの末に近づく心、伝わる心 - ささめきこと(3)



ささめきこと(3)/いけだたかし(Amazon)
いけだ記(作者サイト)


アライブ連載中の「ささめきこと」も3巻目、良質な百合漫画で安心して読めます。
すれ違いっぷりが見事で、主人公の純夏の想い人である風間のモノローグがほとんどないのでその分だけ表情で訴えかけてくるものがあるんですよね。
その言葉にされない想いも、純夏の気持ちも切なくて胸が締め付けられます。



”カワイイ”女の子が好きな風間汐に片想いする村雨純夏は、空手の達人で”暴刀村雨”とあだ名されることも、背が高く風間の好きなタイプのかわいらしさでないこともあって気持ちを伝えることができません。
それでも、風間が他の女の子に興味を持っても、好きだから風間と離れたくないから友達として一緒にいます。
一緒にいれば色々なことがあるもので、純夏に急接近する女の子が現れた時には風間も少なからず心をかき乱され、純夏を意識し始めました。
蒼井さんの純夏への気持ちは恋愛感情でもあったんだけど、友情であっても、一番の友達に自分より近づく人が現れると気が気じゃなくなるんですよね。
はたから見れば「気付いていないのはお互いだけ」なんですが、風間は自分の純夏への気持ちが恋愛感情混じりなのに気付いておらず、親友に対する友情からの嫉妬心が実は恋愛感情だったというのも良いものです。


”伝えられない片想い”と”友情から恋愛へと変わっていく様”をじっくり描いているのが「ささめきこと」の面白いところです。

天使の外見に、武人の魂を持つ新キャラの登場で、想いが加速

そうやって積み重ねられてきた出来事の数々から、ひょっとしたらと淡い期待を抱く純夏でしたが、新キャラの登場で期待は露と消えてします。
文化祭のフォークダンスで風間の踊りたい相手が純夏だというセリフ、純夏の気持ちを知る友人との「風間のシュミが変わった」の会話に、純夏の淡い期待のモノローグの後での風間の一目惚れだけに、それらが一瞬で霧散してしまったのが切ない。
コメディの多い話だっただけにシリアスが活きてきますし、持ち上げて落とす演出の流れとしても上手いと思います。



風間が一目惚れした、天使のように愛らしいドイツ人留学生のロッテは大和魂を持つ少女で、親同士が知り合いだったこともあって、空手が強い純夏に憧れを持っていて弟子入りを志願。
鍛えて逞しくすれば風間の好みから外れるんじゃないか、という邪な気持ちと、純粋に慕ってくれる嬉しさからロッテの面倒を見ることにした純夏の中で、空手の占めるウェイトが大きくなります。
稽古でロッテになかなか会えない風間の「すみちゃんのバカ」は、それ以上に自分の相手をしてくれない純夏のことを思っての言葉に見えて仕方ありません。
蒼井さんの時に比べても、純夏が積極的に動いているのが見て取れることですし。


そんなこんなで、「ロッテを独り占めしている」と思っていて「自分の方を向いてくれない」の方が大きいとはこの段階では自覚してないだろうけど、ふてくされた風間は純夏を避けてこれがまた切ないんですよ。
純夏と距離をとる風間の表情も、あてつけに見える風間を目撃した純夏も胸にくるものでした。

こころの、とびらをあけて

ロッテを挟んで、色々と思惑があっての純夏の行動は裏目裏目に出てしまい、オーバーワークで風邪をひいたロッテが倒れてから、純夏と風間の関係はさらに加速。
ロッテの風邪の原因を責める風間と涙を流しながら感情を吐露する純夏の場面はもちろん、それからの展開は神懸かっているとすら思います。


自身も風邪でぶっ倒れた純夏を夜遅くに見舞う風間が、純夏の慟哭を聞いた時の表情が印象的で、いつものように何を感じていたのかは明示されません。
多分、純夏を強く傷つけてしまったことを改めて実感しての後悔なんだろうなぁ。
出会った頃から偏見なく優しかった純夏を思い出しての、その次の話の冒頭での見開きの風間は、純夏への恋心を自覚したんじゃないかと思います。
その話のサブタイトルの「とびらをあけて」が印象的。


風間が学校を休んだのも、純夏を含めて見舞いを断ったのも、純夏に会うのが気まずいからでしょうね。
自分が女の子好きなのは周知の事実としても、純夏が自分のことを好きだとは思いもよらない風間は、純夏は異性愛者だと思っているはずですし。
自分の気持ちは、傷つけてしまった純夏をより困らせてしまうと、恋愛感情と罪悪感のようなものがせめぎあっているんじゃないかと。
もしくは、純夏の想いに気付いた上で、今まで気付かずに慟哭するほどに傷つけたことへの罪悪感とか。
どちらにせよ、純夏に嫌われたくないと思っての「ずっと友達でいてね?」でしょう。
今までの外見から好きになるのと違って、純夏への気持ちは積み重ねてきた内面からのものだけに、純夏への恋心は大きいはず。



いやぁ、もう本当に良い百合漫画になっていて楽しんで読んでいます。
友情と恋愛の間での揺れっぷりが百合ならではの面白さで良いですよ。